ドラマ『鎌倉殿の13人』第7話のネタバレと感想!ついに義経登場!

平家討伐のために立ち上がった源頼朝(大泉洋)と北条家の面々。

しかし、蜂起当初はなかなか集兵にも苦労し、鎌倉に着くまでにも大変な苦労を強いられます。

そして鎌倉につくこともなく、船で安房の国(現在の千葉県)に逃げのびます。

そこで、どうやって頼朝らが立て直すことが出来たのでしょうか?

さっそくふりかえってみましょう!



ドラマ『鎌倉殿の13人』第7話のネタバレと感想!

有名な静岡の足柄山の少し東にある石橋山で散々な敗戦をした頼朝たち。

4日ほど山中に潜んだ頼朝一行は、家臣 土肥実平(どい・さねひら 阿南健治)の手引きにて、安房の国(現在の千葉県)に船で渡ることになりました。

当時は、手漕ぎの船しかなく、東京湾を横切り房総半島に渡りました。

↓到着した千葉の地には石碑があるようです。

また、頼朝に援軍を送る予定だったものの、水量が増した川を渡れず合流に失敗した三浦一派(三浦義澄・義村親子たち)も後から安房に逃れて頼朝たちに合流します。

安房は、源氏が勢力を盛り返すには絶好の地だった!

頼朝一行が安房を頼ったのは理由がありました。

安房には河内源氏の所領である丸御厨があったのです。

丸御厨(まるのみくりや)は、平治元年に頼朝が伊勢神宮に寄進をして成立したものであり、朝廷から恩賞として河内源氏に授けられたものでした。

(御厨とは神殿にささげられる食物を調理するところ、という意味があります)

頼朝の幼馴染でもある安房の豪族 安西景益(あんざい・かげます 猪野学)の地元であり、大いなるバックアップを期待できたのでした。

後白河法皇は源氏の反攻を待ち望んでいた

平清盛(松平健)に幽閉され、後白河法皇(西田敏行)は苦悩の日々を送っておりました。

法皇救出に兵を挙げることをしない源氏に対しての不満を丹後局(たんごのつぼね 鈴木京香)を漏らしていたのでした。

↓後白河法皇の寵愛を受けていた丹後局

そうこうしているうちに、石橋山で頼朝の軍勢が大敗したとの報告が届き、なおさら苦悩に沈むのでした。

頼朝は房総半島で勢力を集めていた

その頃、千葉に逃れた頼朝は、勢力集めに奔走していました。

千葉常胤(ちば・つねたね 岡本信人)の援助を得ようと、安達盛長(野添義弘)を送り込みます。

常胤は、頼朝に加勢してくれることを約束してくれました。

また、和田義盛(横田栄司)と北条義時(小栗旬)を上総広常(佐藤浩一)に遣わせます。

↓頼朝らは援軍を出してくれる有力者にひたすら声をかけ続ける。

義時は、上総広常に対し頼朝を担ぎ上げ、坂東武者の時代を作るのだと説明します。

上総広常は「自分がついたほうが戦に勝つ」と豪語します。

先に上総広常のところに来ていた武将は梶原景時(中村獅童)であり、山中に隠れていた頼朝たちを見逃してくれた武将だったのですね。

また、千葉常胤は上総広常を説いてくれたのです。

伊東の地では八重が祐親を詰問していた

伊東祐親(浅野和之)は、頼朝と八重(新垣結衣)の間にできた子供である千鶴丸(子役)を殺害しました。

断腸の思いながら、頼朝の子供を生かしていくわけにはいかないと、孫を手にかけたのでした。

八重は父の祐親に詰め寄り、祐親はつい真実を八重に話してしまいます。

↓新垣結衣の八重もちらちらと登場する!

それを聞いて八重は祐親の元を離れようとしますが、祐親に幽閉されてしまうのでした。

義時は上総広常の説得に食い下がる

義時は、広常に取り入った末に広常の同意を取り付けます。

しかし、広常が遅参(ちさん おそく到着したこと)を頼朝は見とがめて「兵を返せ(挙兵には参加するな)」と厳しく言います。

その様子を見た広常は、頼朝に従う意思を表明しました。

↓奥州 藤原氏 の元を後にする義経の様子がちらっと流れます。

その頃、奥州では源義経(菅田将暉)が、頼朝に合流すべく旅立つところだったのです。

ドラマ『鎌倉殿の13人』第7話のネタバレと感想まとめ

頼朝にとって大変ついていたのは、実力者の上総広常を味方につけたことでした。

これも義時の手腕によるところが大きかったところですね。

広常は義時の真意、すなわち坂東統一には頼朝が必要である、というところに共感したのでした。

こうして、房総半島に終結した上総広常と千葉常胤の大軍勢を率い、頼朝は決戦の地 鎌倉に向かうことになるのです。